猪口才、な

 

数十回というもの途中で頓挫して

どうしても読みすすめない一冊がありまして

ですが

それを読破したいという欲求は断続的にあり

もはや四十年来の悲願にまでなってしまいました(苦笑)

 

つい最近も

新しい装丁のその本を求めてしまいました

勿論、新装に託けて今回は読み通せるだろうという期待をこめまして

初版は昭和二十五年ですから、版を重ねて最新版は百五十版とか

我が書棚にある数冊の同タイトルのそれらは

装丁も、印字された文字のサイズも見事に変容しております

 

ただ

たとえ表紙は当世風に、文字も大きくなろうと

文体の難解さと、行間の秘密は不変のようで

その一冊を手にしてからの数十年

己の愚鈍さはもはや一笑に付するほか手立てはなく

それでも

辞書を傍らにでも頁を深めたいのは

その本の不思議な磁力によるもので

思えば、書店でその背表紙に手を伸ばしたのは思春期のなせる業(苦笑)

しかし、その意味深いタイトルに未だにアプローチしきれないとは

阿呆健在にございます

 

 

さて

夏目漱石やら、太宰治やら、宮沢賢治やら、堀辰雄まで

電子書籍を無料でダウンロードできるようなご時勢に肖りまして

気まぐれに「坊ちゃん」などを指で払ってみますと

今以て、こんなにも愉快だとは思いもよらず

この文章の面白さといったらないなぁ、と興奮しきりなわけです

かの系譜としては、専ら大衆向きなのでしょうがね

 

そして、明治・大正の文豪の助っ人たるや

電子書籍では読書しながらにして不明な意味まで検索出来てしまうではないですか

亡くなった両親にみせてあげたかったと、そのくらいのレベルで驚嘆してしまいます

 

例えば、先の書で「箆棒」という文言に遭遇

拙い小生にしてみれば

「てやんでぃ! べらぼうめっ!!」は時代劇の魚屋風情のお慰みといったところ

それが指先を動かすだけで

 

 

☆べらぼう (箆棒)

 

 名・形動 文ナリ

    ① 人をあざけりののしっていう語。ばか。あほう。

      「 とんだ __ が現れたもんだ」

 

といった具合に ・・・ 笹飴を頬張った清も、腰を抜かしかねません

 

 

往年の偉大な小説との再会様々にございますが

阿呆があほうを呼びこんで、いつもの色合が顔を出し始めたところで

・・・ お後がよろしいようで

 地球防衛軍

  山の麓に「カグヤの里」があるそうな

 

                     T.ARA


コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です