とある台本屋さんが
所属からフリーランスになられた頃だったか
自作資料の整理をしていたら
ボツになった箱書きの束、やらやら
数十回書き直しをした第〇〇稿にいたる台本の束、やらやら
わんさかわんさか出てきたと
怨念まみれで独りごちていたことがありまして
まぁ
そちらの親分は、作品の出来は台本次第というのが信条で
筆舌に尽くしがたく厳しい修行だったには違いなく
が
その親分が台本を描いたことがあるかと云えば、ないわけで
でも、小生にとってのおっきな関心事は
その親分が、より良い作品を創るために一緒に苦しんでいたかっちゅうことですわ
小生、そこは盲目的に信じたいと思っとりました
そこなんですわ
容易いのでありますよ、唯、物申すは
しかも昨今、偶然そこを通りかかった人まで云いますから
わきまえとつつしみと思いやりが、淡くなりつつあるようで(苦笑)
なんとも、文句の尽きない時代なのかなぁ と
けどね、本来は
あんたにそれが出来ますかっちゅう話です
それは想像力の交信じゃないかと
それに関わった人たちへの敬意を前提に、云ってますかっちゅうことですわ
究極この世を創造された神様への敬意ですわな 、、、 おっと猿股失敬
「うちで採れたの」って野菜をいただきました
なんなんでしょうねぇ ・・・
美味しい以上においしくかんじられるのは 感謝感動ぉ
東京は梅雨明けしたらしいけど
T.ARA


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